木嶋坐天照御魂神社 祭神
祭神は次の5柱。
o 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
o 大国魂神(おおくにたまのかみ)
o 穂々出見尊(ほほでみのみこと)
o 鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
o 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
『延喜式』神名帳における祭神の記載は1座。同帳では「木嶋坐天照御魂神社」と記載されるが、この社名は「木嶋(地名)に鎮座する天照御魂神の社」という意味であるため、本来は「天照御魂神(あまてるみむすびのかみ/あまてるみたまのかみ)」を祀った神社とされる。神名帳では、山城国の木嶋社のほかにも大和国・摂津国・丹波国・播磨国・対馬国などに天照御魂神・天照神・天照玉神を祀る祠の存在が見られるが、これらは天照大神(皇祖神)とは別の神格の太陽神と考えられている。
木嶋社の天照御魂神の神格について、史料上では天照国照天火明命(天火明命(アメノホアカリ)説・天照大神説・天日神命(あめのひのかみのみこと)説などが見られる。上記の天照御魂神・天照神・天照玉神を社名とする神社の多くでは現在の祭神が天火明命(尾張氏祖神)とされることに基づき、これらの神を特に尾張氏の奉斎神とする説があり、その説の中で木嶋社の地には元々尾張氏系の人々がいて天照御魂神を奉斎していたが、秦氏の渡来・開拓とともにその在地系祭祀が継承されたと説明される。一方、木嶋社境内の三柱鳥居の方位が稲荷山・松尾山の冬至線、比叡山四明岳(しめいがたけ)・愛宕山の夏至線に関係すると見て、境内の元糺の池(もとただすのいけ)に日が差すという構造から、朝鮮半島の日光感精型の信仰に基づく半島系の太陽神(日の御子)とする説もある。そのほか「ミムスビ」という神名から、境内の湧水によって穀物を生成するムスヒの神とする説もある。
このように古代の祭神の神格は不詳ながら、明治16年(1883年)の『葛野郡神社明細帳』では上記5柱の神名が記載されており、これらが現在まで継承されている。