石都々古和気神社 歴史

 

当社は八幡山(はちまんやま)と呼ばれる山の頂上にある。創建の年代は不詳であるが、八幡山には磐境(いわさか)が多数あり、古代から祭祀の地とされていたことがわかる。延喜式神名帳の記述が書物における当社の初見である。

 

 

永承(えいしょう)6年(1051年)、源有光(みなもと  ありみつ)源義家の安倍一族追討の軍に加わって功績を挙げ、代官として石川の地を賜った。有光は康平(こうへい)6年(1063年)にこの地に移って名を石川有光とし、八幡山山頂の当社東側に三芦城(みよしじょう。石川城(いしかわじょう))を築城した。以降25代528年間にわたって石川氏の居城となっていたが、豊臣秀吉により取り上げられた。治暦(じりゃく)2年(1066年)、源氏の氏神である石清水八幡宮の分霊(八幡神・大国主命)を勧請して石都々古和気神社に合祀した。