洲崎神社 祭神 祭神の表記

 

神の表記には、文献により以下のように異同がある。

 

· 天比理咩命 

延喜式神名帳による。鈴鹿連胤(すずか つらたね)の『神社覈録(じんじゃかくろく)教部省編纂の『特選神名牒(とくせんじんみょうちょう/しんみょうちょう)、洲崎神社配布の『参拝の枝折』などはこれに従う。

 

 

· 天比理咩命(あめのひりとめのみこと) 

神名帳よりも古い成立の『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』による。『洲崎大明神由緒旧記』や『洲宮神社伝記』はこちらに従って祭神名を記載している。

 

 

 

この相違が起こったのは、元来正史にある天比理刀咩命と記すべきものを神名帳が誤って「刀」を「乃」と記載した為だとする説がある。

 

 

また『金丸家累代鑑』(慶長2年(1597年))に「安房郡洲宮村魚尾山に鎮座する洲宮后神社は、後に洲宮明神と称し、それを奥殿とし二ノ宮と曰う。また、洲崎村手洗山に洲崎明神あり、これを拝殿とし、一宮と曰う」とあることから、洲崎神社と洲宮神社(すのみやじんじゃ)は「洲の神」を祀る2社一体の神社で、洲崎神社が「洲の神」を祀る一宮、洲宮神社が「洲の神」を祀る二宮とされたとする説がある。