西寒多神社 歴史 概史

 

国史の初見は、『日本三代実録貞観11年(869年)3月22日条の西寒多神に従五位下を授けるという記述である。『延喜式神名帳では豊後国大分郡に「西寒多神社」と記載され、豊後国では唯一の大社に列した。また、豊後国一宮として崇敬されたという。平安時代後期以降は衰退したが、中世以降は領主の大友氏の崇敬を受けた。

 

 

明治4年(1871年)5月14日、近代社格制度において国幣中社に列格し、第二次大戦後は神社本庁別表神社となった。