宇倍神社 歴史 神職

 

 

当初より伊福部(いふくべ)氏が神職を世襲したとされる。伊福部氏は『因幡国伊福部臣古志』によると、大己貴命(おおなむちのみこと)の神裔を称すが、第8世を櫛玉神饒速日命(くしたまのかみ にぎはやひのみこと)とするなどの混乱がある。また、第14世の武牟口命を直接の祖として、平安時代の第36世 助茂臣(すけもちのおみ)の子から2流に別れ、第37世 厚孝宿禰(あつたかのすくね)の流れが「国造」「大宮司」と称して、第55世 伊福部信世の時に戦乱により国を去ったこともあったが、一貫して奉仕したと伝える。明治13年(1880年)第65世の信世(作曲家 伊福部昭(いふくべ あきら)の祖父)の時に神職を離れた。