雄山神社 境内 中宮祈願殿(ちゅうぐうきがんでん) ①
中宮祈願殿は、かつて中宮寺(ちゅうぐうじ。芦峅寺(あしくらじ))と呼ばれた神仏習合の施設。芦峅寺における立山信仰の拠点である。 立山の主峰「雄山」を正面に頂く位置にあり、開祖・佐伯有頼(さえき の ありより)は、この地で晩年を過ごした。
古来より武将や公家の信仰も篤く「お姥様」(おんばさま)への献上品が奉納された。 周辺に宿坊や、女人救済のための行事を行なう布橋などがある。 女人禁制の立山信仰において、立ち入る事が出来た最終地でもある。
芦峅寺の信徒は、「一山会」(いちざんかい)と呼ばれる独自の組織をなしていた。彼らは16世紀以降、諸国配札檀那廻りを行い、立山の縁起図や立山牛王紙、そして薬草や薬紛などを配置し、翌年に代金を受け取っていた。越中売薬の起源とも呼ばれる組織である。
境内奥に西本殿(立山大宮)と東本殿(立山若宮)がある。「祈願殿」は江戸時代までは大講堂と呼ばれていた建物で、雄山大神を始めとする立山山中36社の神が合祀されている。