都々古別神社 社名
古代の社名・神名は、
· 『続日本後紀』承和8年(841年)条では、
都々古和気神(都々古和氣神)
· 『延喜式』神名帳・臨時祭では、
都都古和気神社(都都古和氣神社)
· 『朝野群載』(ちょうやぐんさい)では、
都々古和気神(都々古和氣神)
などと見える。「つつこわけ」の由来については、籾を入れる藁苞(わらつと)の美称「ツツコ」によるという説、「筒」すなわち太鼓状のものを指すという説、長野県諏訪地方の千鹿頭神(ちかとのかみ)に由来するという説などがある。同様に「都都古和気」を冠する神社として、『延喜式』神名帳では陸奥国白河郡に「石都都古和気神社」(現在の石川郡石川町(いしかわちょう)の石都々古別神社(いわつつこわけじんじゃ))が記載されている。
中世から近世には、馬場社は「馬場明神」「近津明神」、八槻(やつき)社は「八槻明神」「近津明神(千勝明神)」などと称された。明治以降、両社は「都々古別神社」と称し、それぞれ「馬場都々古別神社」「八槻都々古別神社」と呼び分けられた。戦後も福島県神社庁での登録名では両社に「都々古別神社」の表記が使用されているが、馬場社のみは表向きでは古名の「都都古和氣神社」を正式名称に改めている。