伊射波神社 祭神

 

『諸国一の宮』によれば、祭神は以下の4柱。

 

 

· 稚日女尊

(わかひるめのみこと、わかひめのみこと)

 

『公式ガイドブック 全国一の宮めぐり』では天照大神に仕えた神と紹介。

 

『日本書紀』に記載されている神功皇后が三韓征伐を行う際に現れた「尾田おだ。現、三重県鳥羽市の加布良古の古名) の吾田節あがたぶし。後の答志郡(とうしぐん))の淡郡あわのこおり。粟嶋(あわしま)= 安楽島(あらしま))に居る神.」の事であり、兵庫県神戸市の生田神社(いくたじんじゃ)に鎮座する前はこの伊射波神社に鎮座していた神である。

 

 

· 伊佐波登美命

(いざわとみのみこと)

 

平安時代末期から鎌倉時代中期の成立とされる『倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)によれば、垂仁天皇の御世に皇女倭姫命(やまとひめのみこと)皇大神宮の朝夕の御贄(みにえ)を奉る地を探して志摩国を訪れたとき、この神が出迎えたとする。『公式ガイドブック 全国一の宮めぐり』によれば、安楽島の二地(ふたぢ)の鳥羽贄遺跡がこの神の本宮跡で、平安時代後期に現在地へ移ったと言う。

 

 

· 玉柱屋姫命

(たまはしらやひめのみこと)

 

伊雑宮(いざわのみや)の『御鎮座本縁』(ごちんざほんえん)などでは天叢雲命(あめのむらくものみこと)の裔(えい。子孫)天日別命(あめのひわけのみこと)の子である。『公式ガイドブック 全国一の宮めぐり』では伊佐波登美命の妃神と解説。

 

 

· 狭依姫命

(さよりひめのみこと)

 

『公式ガイドブック 全国一の宮めぐり』では宗像三女神の1柱、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)の別名で、近くの長藻地と言う島に祀られていたが、島が水没したので当社に合祀されたと言う。

 

 

 

御崎の先には、別に領有神が祀られている。当社の玉垣内には丸白石が敷き詰められており、古くから漁民はこの白石を船霊(ふなだま)として船中に安置し、豊漁を祈る習慣がある。船守りとして白石を持ち帰った際は、必ず2倍3倍にして社地へ返さねばならないとされる。