招魂祭 用例と鎮魂祭との混同・区別

 

用語としては『日本書紀』巻第29、天武天皇14年11月24日(丙寅)条に「是日為天皇招魂之」とあるが、『釈日本紀』巻21秘訓6 はこの「招魂」を「ミタマフリス」と訓じ、同書巻15、述義11では「今鎮魂祭也」として、『日本書紀』の「招魂」の記述を「鎮魂祭」のこととしている。伴信友(ばん のぶとも)も『鎮魂伝』で「例の漢ざまに傚ひて、招魂と書なされたるもの」としている。伴信友はまた「比古婆衣」(ひこばえ)第20巻で「後醍醐天皇日中行事に、日毎せうこんの御祭、今は定まれる事なり、とあるせうこん招魂にて、こは鎮魂にはあらず、陰陽家にて別に招魂祭とて為る方なるべし」と述べて、招魂祭鎮魂祭との区別を明確にしている。