平野神社 考証 ③ 久度神(くどのかみ)
国史での初見は延暦2年(783年)で、「平群(へぐり)郡 久度神」とある。平野社の祭神としての初見は承和3年(836年)。
この久度神は、神名の「くど(竈、かまど)」に見えるように竈の神であるといわれ、『延喜式』に見える「竈神」はこの神を指すと見る説もある。高野新笠の母方の土師氏(はじうじ、のち大枝氏(おおえうじ)/大江氏(おおえうじ))によって祀られた祖神とする説、東アジアに見られる「竃王神」(チョーワンシン)と見て渡来神とする説もある。この久度神は、元々は『延喜式』神名帳に大和国平群郡の式内社として記載されている久度神社(くどじんじゃ。奈良県北葛城郡(きたかつらぎぐん)王寺町(おうじちょう))の祭神とされる。
なお、『延喜式』祝詞では今木神と久度・古開神は別祝詞になっていることから、両神は今木神に次いで祀られたと見られている。