建部大社 歴史 創建
社伝では、日本武尊の死後の景行(けいこう)天皇46年、日本武尊の妃・布多遅比売命(ふたじひめのみこと)が神勅によって、御子・建部稲依別命(たけべいなよりわけのみこと)とともに住んでいた神崎郡(かんざきぐん)建部郷千草嶽(ちぐさだけ。現在の東近江市 五個荘(ごかしょう)伊野部町(いのべちょう)付近の箕作山(みつくりやま))の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが創建とされる。建部郷の「建部」の名は日本武尊をしのんで名代(なしろ)として名付けられたことに因むといい、他にも各地に設けられている。のち、天武天皇4年(675年)に近江の守護神として、現在地の栗太郡(くりたぐん)勢多(せた)へ遷座したという。遷座後、元の千草嶽の麓には神護景雲2年(768年)に聖真大明神と建部大明神が設けられたとされ、現在は建部神社が建てられている。
天平勝宝7年(755年)には、大己貴命が大神神社から勧請され、権殿に祀られたという。