北海道神宮 歴史 仮社建設まで

 

これより古く、安政4年(1857年)から福島出身の早山清太郎(そうやま せいたろう)が札幌に住み着いていた。早山清太郎は豊平(とよひら)街道と元村(もとむら)街道の辻に小祠を建て、周囲からは当時一般的な山神を祀るべきだと言われるにもかかわらず、出雲神を祀っていた。

 

 

札幌に着任した島義勇は、明治天皇から預かった開拓三神を既に早山清太郎が札幌で祀っていたことに感銘を受け、1870年(明治3年)5月に北海道(令制)石狩国(いしかりのくに)札幌郡の創成川(そうせいがわ)河畔に仮社殿を造り、官舎から神代を移して開拓神勅祭社とし、北海道一宮と称した。

 

 

仮社のあった場所は2通りの説があり、定まらない。一つは現在の札幌市北区北6条東1丁目、もう一つの説は北5条東1丁目で、通りの北側か南側のいずれかということになる。『北海道神宮史』では、各種の史料と当時の地図を検証し、北5条東1丁目が正しいであろうとしている。

 

 

早山草太郎は後述の通り、現在の北海道神宮の位置選定に携わった。その後も札幌神社に関わり、昭和30年代までは毎年の祭りの神輿渡御の先頭を務めていた。