北海道神宮 歴史 開拓三神

 

北海道の開拓は明治初年から懸案事項となっていたが、開拓にあたって、明治天皇は北海道鎮護の神を祭祀するよう勅を発した(明治2年9月21日)。北海道開拓の守護神として、大国魂神大己貴命少彦名神開拓三神が奉遷されることになった。北海道鎮座神祭が行われ、北海道開拓使長官の東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)以下23名らが参列した。神祇伯・中山忠能(なかやま ただやす)によって祭祀が行われ、三面の神鏡が東久世通禧に託された。

 

 

開拓使の一行は英国船テールス号で品川から函館へ到着した。東久世通禧は函館に赴任したが、函館は北海道の南端にあり、全土を管掌するにはより中央部に行かなければならなかった。そこで、東久世通禧の名代として島義勇(しま よしたけ)が三神鏡を携えて札幌に赴くことになった。島義勇は自ら神体を背負い、雷電(らいでん)、黒松内(くろまつない)、岩内(いわない)、余市(よいち)を経て10月に銭函(ぜにばこ)に到着した。札幌に官舎が完成してすぐの12月3日に札幌に移った。