鵜戸神宮 その他 ①
· 亀石(かめいし)
- 本殿前にある霊石で、豊玉姫が海神宮(わたつみのみや)から来訪する際に乗った亀が石と化したものと伝える。石頂に枡形の穴が開くことから「枡形岩」とも呼ばれ、その穴に男性は左手、女性は右手で願いを込めた「運玉」を投げ入れることで願いがかなうといわれている。
かつては貨幣を投げ入れる風習であったが、1952(昭和27)年頃、落ちたお金を求め崖を降り磯に出る子がいて問題になった。このため、賽銭に替わるものをと鵜戸小学校、鵜戸神官ともに試行錯誤した結果、1954年(昭和29年)から鵜戸小学校の児童らによって作られる、粘土を丸め運の文字を押した素焼きの「運玉」が使われることとなった。
· 玉橋(たまはし)
- 「神橋」とも呼ばれ、釘を一切用いない橋板36枚からなる反橋で、金剛界37尊を現す(36枚の橋板が36尊を、橋を渡る本人が1尊を現す)と伝える。宝暦(ほうれき/ほうりゃく)10年(1760年)に別当隆岳が撰述した『鵜戸玄深記』に、往古よりこの橋を境に不浄の履き物を禁じているとの記述があり、ここから先は裸足で参詣する習いであったが、戦後にその風習は廃止された。
· 吾平山陵
(あひらのやまのえのみささぎ/あいらのやまのえのみささぎ)
- 境内速日峯(はやひのみね)山上にある前方後円墳で、主祭神の陵墓と伝え、明治29年に鵜戸陵墓参考地とされ、現在は宮内庁が所管している。なお、当宮北西2.5kmに鎮座する宮浦神社(みやうらじんじゃ。大字宮浦688)には、主祭神の妃神である玉依姫(たまよりひめ)の陵墓と伝える円墳(鵜戸古墳)がある