仲哀天皇 仲哀天皇架空説
仲哀天皇は実在性の低い天皇の一人に挙げられている。その最大の根拠は、彼が実在性の低い父(日本武尊)と妻(神功皇后)を持っている人物とされているためである。日本武尊の話は複数の大和地方の英雄の事跡を小碓命(おうすのみこと)一人にあてがって、一大英雄伝説に仕立て上げた物であり、神功皇后の話は白村江(はくそんこう/はくすきのえ)の戦いから、持統天皇による文武天皇擁立までの経緯をもとに神話として記紀に挿入された物である、との見方がある。そして、この二人の存在および彼らにまつわる物語を史実として語るために創造され、記紀に挿入されたのが仲哀天皇であるというのが、仲哀天皇架空説である。
また、仲哀天皇の「タラシナカツヒコ(足仲彦・帯中日子)」という和風諡号(しごう)から尊称の「タラシ」「ヒコ」を除くと、ナカツという名が残るが、これは抽象名詞であって固有名詞とは考えづらい(中大兄皇子のように、通常は普通名詞的な別名に使われる)。つまり、仲哀天皇の和風諡号は実名を元にした物ではなく、抽象的な普通名詞と言う事になる。さらに『日本書紀』では父の日本武尊の死後36年も経ってから生まれたことになる不自然さもあり、仲哀天皇架空説を支持する意見は少なくない。