秋葉三尺坊大権現として扱う文献 ①
遠州秋葉山本地聖観世音三尺坊略縁起
大登山秋葉寺(しゅうようじ)で作成された「遠州秋葉山本地聖観世音三尺坊略縁起」(享保2年(1717)成立)では秋葉三尺坊大権現と称し秋葉権現は三尺坊であると説く。観音菩薩を本地仏とし、その姿は飯縄権現(いづなごんげん/いいづなごんげん)と同じく白狐に乗り剣と羂索を持った烏天狗の姿で表され、75の眷属(けんぞく)を従えると伝えられる。 縁起によれば三尺坊は信州の産で母親は観音を篤く信仰していた。成長して出家すると越後の長岡蔵王権現の十二坊に篭って修行し「三尺坊」の主となる。この時、不動三昧の修行をし、その満座の暁、「烏形両翼にして左右に剣索を持ちたる霊相」が現れ、飛行自在の神通力を得、観音菩薩の化身とされた。更に白狐が現れたため、これに乗り狐の止まったところを安住の地と定め度生利益を専らにせんと誓ったところ秋葉山に止まった。秋葉山へ来たのは大同4年(809)のこととされ、のちに弘仁2年(811)より諸国遊化して衆生利益しつつ霊山を廻り永仁2年(1294)に帰山した。
修験道の霊場としての秋葉山に伝わる山岳信仰と、信州出身の修験者である三尺坊に対する信仰、本尊の聖観音に対する信仰が複合的に合体し、それらの神仏習合の形を秋葉三尺坊大権現として仏教視点でまとめたものが「遠州秋葉山本地聖観世音三尺坊略縁起」である。
歴史学者の田村貞雄(たむら さだお)は各由緒を比較検討した後、「秋葉事記」を批判し、「~三尺坊略縁起」を支持している。