鹿島神宮 関係事項 鹿島苗裔神 ①

 

 

鹿島神宮は東国開拓の拠点であったことから、その苗裔神(びょうえいしん)すなわち御子神が各地に形成された。『常陸国風土記』の時期には、すでに行方郡(なめがたぐん)に分祠の存在が記されている。

 

 

『日本三代実録』の貞観8年(866年)の記事では、神宮司の言として陸奥国に苗裔神が38社あると記載されている。その内訳は次に示す通りであるが、具体的な社名は記されていない。

 

 

菊田郡(きくたぐん)1、磐城郡(いわきぐん) 11、標葉郡(しめはぐん) 2、

行方郡(なめがたぐん)1、宇多郡(うだぐん) 7、伊具郡(いぐぐん) 1、

亘理郡(わたりぐん)2、宮城郡(みやぎぐん) 3、黒川郡(くろかわぐん) 1、

色麻郡(しかまぐん) 3、志田郡(しだぐん) 1、小田郡(おだぐん) 4、

牡鹿郡(おしかぐん)1

 

 

また同記事では、陸奥国での鹿島神の祟りが甚だしいので嘉祥元年(848年)に宮司らが奉幣に向かったが、陸奥国入国は許されなかったという。これに関して、神宮の祭祀氏族が代わったため分社側が抵抗したと解釈する説がある。