鹿島神宮 摂社 奥宮

 

 

l 祭神:武甕槌大神荒魂

(たけみかづちのおおかみ の あらみたま) 

 

 

「おくのみや」。本宮社殿からさらに参道を進んだ先に、本宮本殿同様に北面して鎮座する境内摂社。『吾妻鏡』では仁治(にんじ)2年(1241年)の火災で「不開御殿奥御殿等は焼かず」という記録があり、この「不開御殿(あかずのごてん)」は本殿、「奥御殿」は奥宮を指すとして鎌倉時代にはすでに奥宮が存在したと見られている。

 

 

現在の社殿は、江戸時代初期の慶長10年(1605年)徳川家康により関ヶ原戦勝時の御礼として建てられた本宮の旧本殿である。元和5年(1619年)の造替により現在地に移され奥宮本殿とされた。構造は三間社流造で一間の向拝を付するが、のちの修理の際に現本殿に倣って改造が施されたと見られている。総白木作りの簡素な意匠であるが、彫刻には桃山時代の大胆な気風も見える。境内の社殿では最も古く、国の重要文化財に指定されている。