松尾大社 歴史 神職

 

 

松尾大社の社家は、古くから秦氏(はたうじ)が担うとされる。『本朝月令』所引の『秦氏本系帳』によれば、大宝元年(701年)に秦忌寸都理(とり)が社殿を初めて営んだのち、養老2年(718年)に秦忌寸都駕布(つがふ)が初めて祝(ほうり:神官)を務め、以後子孫が代々奉斎したという。

 

 

中世には、神主の東家や正禰宜の南家が秦姓を名乗っている。しかし社務の実権は摂社月読社の中臣系の壱岐氏いきうじ。のち松室(まつむろ)氏)が掌握して、同氏が松尾社の祠官も兼帯したとされる。近世を通じて神職は33家、神宮寺社僧は10数人にも及び、筆頭神主の秦氏は累代三位に叙せられたというが、詳細は明らかでない。