松尾大社 概史 中世から近世
松尾大社には古代から社領の寄進が多く、これらの社領は中世に入って荘園化した。文書では山城国を中心として遠くは遠江国・越中国・伯耆国まで及ぶ荘園を有していた様子が見える。また南北朝時代には、室町幕府から社殿造替の料所として山城1国の棟別銭(むなべつせん)と葛野1郡の段銭(たんせん)の宛行いを受けた。
永禄(えいろく)11年(1568年)の織田信長入京後は、社領を一旦は足利義政近習の上野秀政(うえの ひでまさ)に預けられたが、元亀(げんき)3年(1572年)に還付された。天正(てんしょう)3年(1575年)には山城国奉行の細川藤孝(ほそかわ ふじたか)から年貢が安堵されている。豊臣秀吉の治世下においても、淀城主の杉原家次(すぎはら いえつぐ)から社領等を安堵されていたが、蔵入地(くらいりち。大名もしくは政権、幕府の直轄地)設定に際して得分権は限定された。江戸時代には幕府から計1,078石の朱印地が安堵された。