筥崎宮 歴史

 

延喜21年(921年)6月21日に八幡神の託宣があり、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祭神として筑前国穂波郡(ほなみぐん)大分八幡宮(だいぶはちまんぐう)玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(923年)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。

 

 

元寇の際に亀山(かめやま)上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額(へんがく)が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

 

 

近代社格制度のもと明治4年(1871年)に県社に列格し、明治18年(1885年)に官幣中社に、大正3年(1914年)に官幣大社に昇格した。