天満大自在天神 各地に伝わる伝承 ②
念仏往生
念仏者が、往年の日を定めるため、熊野那智山(なちさん)に山篭したが、熊野権現と思しき老僧から「わたしの心には叶い難いから、北野社に行って祈請せよ」との託宣をうける。それに従い、北野社に参篭し祈請したところ、天神が現れ往生する日を告げ、「往生する日まで怠りなく念仏せよ」と勧められたという。
七尾の霊亀
文亀(ぶんき)年間に、天神池に七つの尾を持った霊亀(れいき)が天神の木像を背負って現れた。天神像を背に、口に梅の小枝をくわえた霊亀は、現地にあった祠に入り、樹の下の石の上に天神像を置き、その石の周りを七回まわり天神像と梅の小枝を残したまま姿を消したという。それを見ていた修行僧が、みずから七つの尾の霊亀を刻み、それを神座(しんざ)とし、天神像を草庵(そうあん)に安置したという。
梅壺侍従蘇生譚
その昔、太宰府天満宮の神官・中務頼澄(なかつか よりずみ)が京に上った折、京女の梅壺(うめつぼ)という女性と恋に落ち、梅千代(うめちよ)という子どもをもうけた。しかし、神官はしばらくして太宰府へ帰ってしまう。残された梅壺は恋しさと、子供のためを思って、遠く太宰府まで下るも、頼澄へ送った文を、頼澄の留守中に妻に読まれ、妻が書いた偽りの文で追い返されてしまった。悲嘆にくれた梅壺は、世をはかなんで、藍染川(あいぜんがわ)に身を投げて死んでしまう。梅千代が、母の亡骸に取りすがって泣き悲しんでいるところに、偶然、頼澄が通りかかる。梅壺の遺書により事情を知り、梅壺が生き返るよう一心に天神に祈る。すると、そこに天神が現れ、梅壺を生き返らせたという。
その後、梅壺は尼になり、太宰府の外れに庵をかまえ、仏に仕える一生をおくり、梅壺の子・梅千代は、光明禅寺(こうみょうぜんじ)を開山し、鉄牛円心(てつぎゅう えんしん)になったという。