追儺 儀式の概要

 

方相氏(ほうそうし)と呼ばれる鬼を払う役目を負った役人(大舎人(おおとねり))と、方相氏の脇に仕える侲子(しんし)と呼ばれる役人(特に役職は決まっていない)が20人で、大内裏の中を掛け声をかけつつ回った。

 

 

方相氏は玄衣朱裳(げんいしゅしょう)(ほう)を着て、金色の目4つもった面をつけて、右手に矛、左手に大きな楯をもった。方相氏が大内裏を回るとき、公卿清涼殿(せいりょうでん)階(きざはし)から弓矢をもって方相氏に対して援護としてのをひき、殿上人(でんじょうびと)らは振り鼓(でんでん太鼓)をふってを払った。

 

 

ところが9世紀中頃に入ると、鬼を追う側であった方相氏が逆に鬼として追われるようになる古代史家の三宅和朗(みやけ かずお)はこの変化について、平安初期における触穢(しょくえ/そくえ)信仰の高まりが、葬送儀礼にも深く関わっていた方相氏に対する忌避感を強め、穢れとして追われる側に変化させたのではないかとしている。

 

 

 

※触穢(しょくえ/そくえ)

神道上において不浄とされる穢に接触して汚染されること。