言霊 他の文化圏の言霊

 

 

他の文化圏でも、言霊と共通する思想が見られる。『旧約聖書』の「ヘブライ語:רוח הקודש」(ルーアハ)、『新約聖書』では「ギリシャ語: Πνεύμα」(プネウマ。動詞「吹く」(ギリシャ語: πνεω)を語源とし、息、大いなるものの息、といった意が込められる)というものがある。「風はいずこより来たりいずこに行くかを知らず。風の吹くところいのちが生まれる。」この「風」と表記されているものが「プネウマ」である。

 

 

一般に、音や言葉は、禍々しき魂や霊を追い払い、場を清める働きがあるとされる(例:拍手(かしわで、はくしゅ)(神道))。これは洋の東西を問わず、祭礼や祝い、悪霊祓いで行われる。神事での太鼓、カーニバルでの笛や鐘、太鼓、中華圏での春節の時の爆竹などはその一例である。

 

 

言葉も、呪文や詔(みことのり)としてその霊的な力が利用される。ただし、その大本になる「こと」(事)が何であるかということには、さまざまな見解がある。たとえば「真理とは巌(いわお)のようなものであり、その上に教会を築くことができる」と考えたり、あるいは「真実を知りたければ鏡に汝自身を映してみよ、それですべてが明らかになる」といい、それは知りうるものであり、また実感として捉えられるものであるとみる意見や、「こと」自体はわれわれでは知りえないものであるという主張もある。これらはさまざまな文化により、時代により、また個人により大きく異なっている。