国家神道 非宗教説・宗教説と教義

 

 

「国家神道」は宗教ではないとする説と宗教であるとする説がある。非宗教説は敬神を国民の義務とし、この義務は道徳の範疇にあるので、神社軍隊学校官公庁などにおける敬神は宗教ではない、また神道は教義が存在しないため宗教ではない、という説である。宗教説はこの理屈を「近代国家の体裁を整えるために信教の自由を認めることと、神道に基づく天皇崇拝の強制を両立させるための詭弁」とするものである。

 

 

非宗教説

神道は「国家の宗祀」であって「宗教」ではないというのが政府当局の見解であった。行政上も1900年(明治33年)に内務省社寺局から「神社局」と「宗教局」に分離することにより、神道とその他諸宗教を明確に区別した。

明治政府は、天皇をトップとした社会構築にあたり、国民の精神的支柱として神道を採用した。 五箇条の御誓文も天皇が神に誓うという形式を採用したが、その内容には宗教性は特に見られない。

 

 

宗教説

菱木政晴(ひしき まさはる)は世界には言語による教義表現を軽視する宗教もあり、比較宗教学文化人類学の成果をもちいることによって困難なく抽出可能であるとして以下のようにまとめている。

 

· 聖戦 - 自国の戦闘行為は常に正しく、それに参加することは崇高な義務である。

 

· 英霊 - 聖戦に従事して戦死すれば神になる。よって(聖戦を戦ったからなのか、神だからなのか不明)死んだ者を祀る。

 

· 顕彰 - 英霊を模範とし、それに倣って後に続け。

 

 

そして、「顕彰教義に埋め込まれた侵略への動員という政治目的を、聖戦教義・英霊教義の宗教的トリックで粉飾するもの」と指摘している。また、国家神道の教義の中心を「天皇現人神思想」や「万世一系思想」とする意見もある。

 

 

 

柳川啓一(やながわ けいいち)は「国家神道は明確な教義を有していた」として以下の4点をあげている。

 

· 天皇は神話的祖先である天照大神から万世一系の血統をつぐ神の子孫であり、自ら現御神(あきつみかみ)である。

 

· 『古事記』、『日本書紀』の神話の国土の形成、天壌無窮の神勅にみえるように、日本は特別に神の保護を受けた神国である。

 

· 世界を救済するのは日本の使命。他国への進出は聖戦として意味づけられた。

 

· 道徳の面においては、天皇は親であり、臣民は子であるから、天皇への忠は孝ともなるという忠孝一本説。