斎宮 斎宮の終焉

 


平安時代末期になると、治承・寿永の乱(源平合戦)の混乱で斎宮は一時途絶する。その後復活したが(もう一つの斎王であった賀茂斎院は承久の乱を境に廃絶)、鎌倉時代後半には卜定さえ途絶えがちとなり、持明院統(じみょういんとう)の歴代天皇においては置かれる事もなく、南北朝時代の幕開けとなる延元(えんげん)の乱により、時の斎宮・祥子(しょうし/さちこ)内親王(後醍醐天皇皇女)が群行せずに野宮から退下したのを最後に途絶した。