斎宮の卜定から退下まで 斎宮寮と祭祀
伊勢での斎宮の生活の地は、伊勢神宮から約20キロ離れた斎宮寮(さいぐうりょう。現在の三重県多気郡 明和町(めいわちょう))であった。普段はここで寮内の斎殿を遥拝しながら潔斎の日々を送り、年に3度、「三時祭」(6月・12月の月次祭と9月の神嘗祭。三節祭とも)に限って神宮へ赴き神事に奉仕した。斎宮寮には寮頭以下総勢500人あまりの人々が仕え、137ヘクタール余りの敷地に碁盤目状の区画が並ぶ大規模なものだったことが、遺跡の発掘から判明している。特筆すべきは緑(青?)釉陶器(ゆうとうき)の出土であり、色に何か意味があった可能性も考えられる。なお、斎宮跡は昭和45年(1970年)の発掘調査でその存在が確認され同54年に国の史跡に指定されたが、その後も発掘中である。
三時祭は外宮では各月の15・16日の、内宮は16・17日の両日に行われるが、斎宮はその2日目に参加し、太玉串(ふとたまぐし)を宮司から受取り、瑞垣御門の前の西側に立てる。また、2月祈年祭、11月新嘗祭で多気、度会の両神郡(しんぐん)内の115座の神々に幣帛(へいはく)を分配する。