鳥居 起源 文化人類学的な観点

 


現在の雲南省ビルマとの国境地帯に住むアカ族(英語:Akha、中国ではハニ族)の「パトォー・ピー(精霊の門)」という村の入口の門では、上に木彫りらしき鳥が置かれることや、鳥を模した造形物を飾る風習もあることが実地を調査した研究者から報告されていることから、日本の神社でよく見られる「鳥居」の原型は、アカ族らが長江流域から南下、避難してくる前、長江流域に住んでいた時代(百越(ひゃくえつ)人であった時代)の「鳥居」ではないのか、という説もある。アカ族の村の門にはの木形が置かれるが、同様の鳥の木形は日本での稲作文化の始まりとされる弥生時代の遺蹟である池上(いけがみ)・曽根(そね)遺跡纏向遺跡でも見つかっており、また他にも多くの遺蹟でも同様である。



そのほか、更に遡った歴史観として「鳥居を赤く染めるのはユダヤ教旧約聖書)の影響を受けてる。」とか「秦氏(はたうじ)イスラエルの失われた10支族の一族だ。」という日ユ同祖論にもとづく説も見られるが、疑似科学の域を脱するものではない。