愛宕権現 神仏分離・廃仏毀釈


慶応(けいおう)4年(1868年)の神仏分離例による廃仏毀釈によって、修験道に基づく愛宕権現は廃された。明治3年(1870年)天台宗真言宗両義の白雲寺も廃寺に追い込まれ、愛宕神社あたごじんじゃ。京都府京都市右京区)に強制的に改組された。



本地仏とされた勝軍地蔵は金蔵寺に移されたが現在でも本宮にイザナミ若宮にカグツチを祀っている。



全国の愛宕社の多くは、若宮(わかみや。太郎坊大権現)に祭られていたカグツチを初めとする神々を祀る神道愛宕神社となっている。