刹那(せつな)


刹那(せつな、Skt: क्षण kśaṇa)とは、仏教時間の概念の1つで、最小単位を表す。とも。


刹那の長さ


刹那の長さについては諸説あるが、指をひとはじきする(弾指。だんし)間に65刹那あると言われているほか、『大毘婆沙論(だいびばしゃろん)では、24時間=30牟呼栗多(むこりった)=900臘縛(ろうばく)=54,000怛刹那(たせつな)=6,480,000刹那とし、1刹那の長さを1/75に比定している。



しかし、唯識教学の開祖である龍樹は、刹那に具体的な時間的長さを設定する思想を否定している。



刹那と仏教思想


上座部仏教の一宗派である説一切有部では、人間の意識は一刹那の間に生成消滅(刹那消滅)を繰り返す心の相続運動であるとする。それについて曹洞宗道元は、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)の「発菩提くましかもやになんくもみまんなのなかきにんりにまのんひな心」巻で、悟りを求める意志も、悟りを開こうとするのもその無常性を前にするからであり、常に変化するからこそ、悪が消滅し、善が生まれるのであると説く。



単位としての刹那

刹那は漢字文化圏では単位としても用いられている。10-18(100京分の1)で、弾指の10分の1、六徳(りっとく)の10倍に当たる。 朱世傑(しゅせいけつ)『算学啓蒙』(値が異なる)や程大位(ていだいい)『算法統宗』に見えるが、現実には使われない。


SI接頭辞ではアト(atto)に当たるが、現在の中国では音訳の「阿(ā)」を使い、「刹那」は使わない。