秘密集会タントラ 実践 究竟次第 身体論
究竟次第に関しては、まず、その前提となっている、インド古来のチャクラ理論をベースとした身体論を理解しておく必要がある。
この身体論では、
· 我々の物質的身体の内外に霊的な身体がある
· そこには7万2000本の脈管(ナーディ)が走っている
· なかでも約5mmの左右の脈管と、約10mmの中央脈管、合わせて「三脈」が特別大きい
· 左右の脈管は中央脈管と数カ所でかたく絡んでいる
(これがいわゆる「輪」(チャクラ)であり、その数は4から8の間で諸説分かれるが、秘密集会聖者流では性器・ヘソ・心臓・のど・頭頂の五箇所をチャクラとみなす。この脈管結合部としてのチャクラでは、通常、左右の脈管から中央脈管に「風」(チベット語で「ルン」、インドで言うところの「プラーナ」)が入り込むのが阻止されており、中央脈管は真空状態にある。)
· なかでも心臓のチャクラの奥には、はるかな前世より相続した根源的意識が眠る「不壊の滴」(ミシクペー・ティクレ、古代で言うところの「アートマン」に相当)と呼ばれる微細極まる粒子が潜んでいる
(この根源的意識は、通常、死に際して初めて生じる。)
· 左右の脈管から「風」(ルン)を心臓のチャクラに導き入れ、留めると、この「不壊の滴」(ミシクペー・ティクレ)が溶融し、根源的意識が解放される
といった内容が想定される。
したがって、チャクラの脈管の結び目をゆるめ、「風」(ルン)を心臓のチャクラの奥にある「不壊の滴」(ミシクペー・ティクレ)に送り込んで溶融できれば、通常は死んで初めて到達できる根源的意識に、生きながらにして到達できるようになる。そうして様々な根源的境地・感覚を得ること、それこそがこの究竟次第において目指されるものである。