日本の仏教 歴史 江戸時代
豊臣秀吉の死後に権勢を掌握した徳川家康は、寺院諸法度を制定し、寺社奉行を置き、仏教を取り締まった。さらに人々を必ずいずれかの寺院に登録させるようにし(寺請制度。てらうけせいど)、布教活動を実質的に封じた。当時最大の仏教勢力であった浄土真宗の本願寺に対しては、お家争いにつけ込んで東西に分裂させ、結果的に勢力を弱体化させることもした。
また、1665年に江戸幕府は寛文印知(かんぶんいんち)と諸宗寺院法度の制定を行い、仏教寺院に寺領を安堵する一方で更なる統制(檀家制度)を行い、江戸幕府が日蓮の教義を信じない事を理由に従う事を拒絶した日蓮宗の一派の不受不施(ふじゅふせ)派は、禁教令のキリスト教と同様に厳しい弾圧を受けた。
1654年に来日した明の隠元隆琦(いんげん りゅうき)は黄檗宗を布教している。