台湾の仏教 沿革 日本統治時代
1895年に日本の統治が始まり、日本は台湾の宗教政策として、19世紀末に対外戦争での勝利によって興隆した国家神道を採用せず、以前より台湾で信仰されていた仏教をその基本とした。
これは欧米各国の植民地政策に採用されたキリスト教を利用した「宗教植民政策」ではなく、「宗教感化政策」であり、先住民族と漢民族が多く居住する台湾であったが、その日本化は急速に進んだ。
20世紀初頭に入り、日本による台湾統治が本格的に始まると、日本本土から仏教の宣教師が大量に渡来し、1945年の統治終了間際には、日本の8宗14派が渡来していたが、中でも浄土真宗本願寺派の展開がめざましい。これは台湾の人々の信仰感情と合致していたからである。また、菩薩を主な信仰対象とする曹洞宗・日蓮宗・浄土宗も大いに展開した。例えば、曹洞宗は自費で台湾観音山の参道(今の凌雲路)に三十三観音の石仏を設置している(礼仏古道)。
こうした状況の背景には、台湾の漢民族が在留日本人と共に、寺院・廟を改築し、仏像を増設するなどしたためで、各地に寺院や教会(仏教)が建立された。
各宗派の宣教師達は信者獲得競争に乗り出し、A派の信者をB派に転向させるなど、宗派間で諍いが発生したこともあった。
その後、台湾の仏教・民間信仰の信者が増加した中で、漢民族様式化され、シャーマニズム信仰を放棄した多数の平埔族(へいほぞく)を改宗させ、各宗派はそれぞれ彼らの一定数を信者としたため、宗派間の獲得競争はなくなり、円滑な交流が行われるようになった。(温國良編訳『台湾総督府公文類纂宗教史料集編』台湾省文献会、1999年6月、58ページ)
1941年の全台湾人500万人のうち、日本の仏教を信仰する者は8万人で、主に浄土真宗本願寺派・曹洞宗・日蓮宗・浄土宗を信仰していた。
上の8宗とは、華厳宗、天台宗、真言宗、臨済宗、曹洞宗、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗で、14派とは、華厳宗、天台宗、真言宗高野派、真言宗醍醐派、臨済宗妙心寺派、曹洞宗、浄土宗、浄土宗西山深草派、真宗本願寺派、真宗大谷派、真宗木辺(きべ)派、日蓮宗、本門法華宗、顕本法華宗である。また、天台宗修験道も台湾に支部を置いていたが、布教活動については不詳である。