日本の密教・密教の伝来



日本に密教が初めて紹介されたのは、から帰国した最澄さいちょう、伝教大師)によるものであった。当時の皇族や貴族は、最澄が本格的に修学した天台教学よりも、むしろ現世利益も重視する密教、あるいは来世での極楽浄土への生まれ変わりを約束する浄土教念仏)に関心を寄せた。しかし、天台教学が主であった最澄は密教を本格的に修学していた訳ではなかった。


よって、本格的に紹介されることになるのは、唐における密教の拠点であった青龍寺(せいりゅうじ、しょうりゅうじ)において密教を本格的に修学した空海くうかい、弘法大師)が、806年に日本に帰国して本格的に日本に紹介されてからであるとされる。 あるいは空海に後れをとるまいと唐に留学し密教を学んだ円行(えんぎょう)円仁えんにん、慈覚大師・じかくだいし)、恵運(えうん)円珍えんちん、智証大師・ちしょうだいし)、宗叡(しゅうえい、しゅえい)らの活躍も挙げられることもある。

日本に伝わったのは中期密教であり、唐代には儒教の影響も強かったので後期密教はタントラ教が性道徳に反するとして唐では受けいられなかったという説がある。