それじゃ
後15日で帰ります。
ま、4年前のアレとは違って今度は完全帰国なんです。
あのときは同じく帰国15日前の時点で家具もだいぶ片付けてあったし、帰る準備がほとんどできてたんですよね。
多分挨拶も回っていたし。
だがしかし、今は何もやってない('Д')
だって家は後輩がまんまと引き継ぐことになってるんです。
家具もまんまと引き継ぎという形で、オレは持って帰る荷物だけ片付けたらいいことになっていて、ぶっちゃけ持って帰るっつったってパソコンの本体と服くらいなので余裕こいてます。
荷造りは前日の夜にやってもよさそうな気がするし(´-`)
まだ正式に帰るとの挨拶はしてないものの、何人かの知人には連絡をしてる状態であって、メールや電話で話したりしてるけど、うーん…なんてかな、別に母国がアフリカとかヨーロッパで気軽にいけない距離じゃないし、その気になったら行き来できる距離だからか「別れの悲しみ」ってやつがないんですよ。
ま、オレも性格上別れ際にぬめぬめになるのはイヤだし、クールに「それじゃ」っつって帰りたいしね。
特に男同士だとたいしたこといわんくても、「じゃあ、帰るわ。」って連絡したら「おう」って帰ってくるようなもんです。
それに死ににいくわけじゃないしね。
でも振り返ってみると、なんだかんだで20代のほとんどを日本で過ごしました。
18のときに初めて国際線に乗って、初めて一人暮らしを始めて、初めて外国で生活をしのがもう10年前。
あの時はホントにガキだったし、何も知らなかったし、「大人」と呼ぶにはあまりにも足りないところが多すぎた気がします。
そのガキっぽさをなかなか振り切れず、何年も彷徨ったり、学業以外に他のことに手を出しすぎたりして色々痛い目にもあったけれど、今となってはすべてが「人生経験」としてオレのこれからの人生にいい糧になるだろうと思っています。
普通に韓国で大学生活をしてたら決して体験できなかったこと、学べなかったこと、悟れなかったことを日本で「生きてく」ことで身につけることができました。
並みの留学生だと知りえない知識、築けない人脈などなど…多分一生のお宝になるでしょう。
去年の今頃、ガッコの教授とメールで打ち合わせをしてて、最初言われたことは「これだけの量を1年で終わらすのは大変厳しいだろう。」とのことでした。
確かにそこらへんの学生が2年でやる分量を1年で終わらそうと計画を立てていて、妥協するのは許されない状況だったんです。
昔のオレなら絶対できなかった。
めげそうになるといつも背中から誰かが「まだいけるべ。」とささやいてくれて、なんとか1年ですべてを終わらすことができて、挙句の果てには教授から「まさかこれを1年で終わらすとは思わなかった。君の熱意に敬意を表す。」とまで言われました。
まぁ、自業自得だけどね。
とりあえず、3月20日に帰ります。
うそじゃないんです。
おそらく「日本に遊びに行きたい。」とか「誰かに会いに日本に行きたい。」とでも思わない限りしばらく日本に来ることはないと思います。
つか札幌なんてもう飽きたし。
時には学校の友達として、時にはお店の仲間として、時にはある集団のリーダーとして、時にはある女のダーリンとして、時には生意気な後輩として、オレのことを覚えてくれた人たちに感謝します。
一生覚えててくれとまではいわないけど、たまにお茶でも飲んでほのぼのしてるときに「そういえばあんな韓国人のヤツもいたな。」と思い出していただけたら幸いかと。
PS
1. 別にこれからブログは書きませんとのことじゃないです('Д')
2. 事前にメールくれたら付きっ切りのガイドになることがあるかもしれません。
3. これからの計画としては、9月から始まる後期の大学院試験を受けようと思っています。韓国では相当レベルの高い所を受けようと思っていてかなりきついとは思います。つか英語がヤバイ_| ̄|○
4. 都合が合うこと前提で、さよならデートの申し込み承っております。
ま、4年前のアレとは違って今度は完全帰国なんです。
あのときは同じく帰国15日前の時点で家具もだいぶ片付けてあったし、帰る準備がほとんどできてたんですよね。
多分挨拶も回っていたし。
だがしかし、今は何もやってない('Д')
だって家は後輩がまんまと引き継ぐことになってるんです。
家具もまんまと引き継ぎという形で、オレは持って帰る荷物だけ片付けたらいいことになっていて、ぶっちゃけ持って帰るっつったってパソコンの本体と服くらいなので余裕こいてます。
荷造りは前日の夜にやってもよさそうな気がするし(´-`)
まだ正式に帰るとの挨拶はしてないものの、何人かの知人には連絡をしてる状態であって、メールや電話で話したりしてるけど、うーん…なんてかな、別に母国がアフリカとかヨーロッパで気軽にいけない距離じゃないし、その気になったら行き来できる距離だからか「別れの悲しみ」ってやつがないんですよ。
ま、オレも性格上別れ際にぬめぬめになるのはイヤだし、クールに「それじゃ」っつって帰りたいしね。
特に男同士だとたいしたこといわんくても、「じゃあ、帰るわ。」って連絡したら「おう」って帰ってくるようなもんです。
それに死ににいくわけじゃないしね。
でも振り返ってみると、なんだかんだで20代のほとんどを日本で過ごしました。
18のときに初めて国際線に乗って、初めて一人暮らしを始めて、初めて外国で生活をしのがもう10年前。
あの時はホントにガキだったし、何も知らなかったし、「大人」と呼ぶにはあまりにも足りないところが多すぎた気がします。
そのガキっぽさをなかなか振り切れず、何年も彷徨ったり、学業以外に他のことに手を出しすぎたりして色々痛い目にもあったけれど、今となってはすべてが「人生経験」としてオレのこれからの人生にいい糧になるだろうと思っています。
普通に韓国で大学生活をしてたら決して体験できなかったこと、学べなかったこと、悟れなかったことを日本で「生きてく」ことで身につけることができました。
並みの留学生だと知りえない知識、築けない人脈などなど…多分一生のお宝になるでしょう。
去年の今頃、ガッコの教授とメールで打ち合わせをしてて、最初言われたことは「これだけの量を1年で終わらすのは大変厳しいだろう。」とのことでした。
確かにそこらへんの学生が2年でやる分量を1年で終わらそうと計画を立てていて、妥協するのは許されない状況だったんです。
昔のオレなら絶対できなかった。
めげそうになるといつも背中から誰かが「まだいけるべ。」とささやいてくれて、なんとか1年ですべてを終わらすことができて、挙句の果てには教授から「まさかこれを1年で終わらすとは思わなかった。君の熱意に敬意を表す。」とまで言われました。
まぁ、自業自得だけどね。
とりあえず、3月20日に帰ります。
うそじゃないんです。
おそらく「日本に遊びに行きたい。」とか「誰かに会いに日本に行きたい。」とでも思わない限りしばらく日本に来ることはないと思います。
つか札幌なんてもう飽きたし。
時には学校の友達として、時にはお店の仲間として、時にはある集団のリーダーとして、時にはある女のダーリンとして、時には生意気な後輩として、オレのことを覚えてくれた人たちに感謝します。
一生覚えててくれとまではいわないけど、たまにお茶でも飲んでほのぼのしてるときに「そういえばあんな韓国人のヤツもいたな。」と思い出していただけたら幸いかと。
PS
1. 別にこれからブログは書きませんとのことじゃないです('Д')
2. 事前にメールくれたら付きっ切りのガイドになることがあるかもしれません。
3. これからの計画としては、9月から始まる後期の大学院試験を受けようと思っています。韓国では相当レベルの高い所を受けようと思っていてかなりきついとは思います。つか英語がヤバイ_| ̄|○
4. 都合が合うこと前提で、さよならデートの申し込み承っております。