幸せと不幸せ | さくらの月のブログ

さくらの月のブログ

片田舎の演劇人

考えててもしょうもないことを日々考えてる。

幸せって
何だっけ
何だっけ
ポン酢醤油のあるうちさ

幸せなんて
千差万別

五台満足じゃなくたって
その人が自分の事を不幸せだと
思ってるかどうかはわからない
幸せだと思ってるかもしれない

精神的に病んでたって
その人が自分の事を不幸せだと
思ってるかどうかわからない
幸せだと思ってるかもしれない

身も心も健康体に見える人だって
その人が自分の事を幸せだと
思ってるかどうかはわからない
不幸せだと思ってるかもしれない

お金持ってたって、不幸せな人はいるし
お金盗まれたって、幸せな人がいて
お金で幸不幸ははかれない

いつも元気にしてたって、辛いことはあるし
いつもどんよりしてたって、楽しいことはある

音信不通でいるからって
相手を嫌いなわけじゃない
毎日顔を合わせていても
相手を好きとは限らない

喋って、見て、聞いて、触れて、感じて
心が感じ取ったことが全てなんだと思う

占いとか、霊視とか、宗教とか、幻覚とか、妄想とか、想像とかね

そういう形の無いものは

自分が救われるために
楽しむために、楽になるために
安心するためにあるものであって

それによって
苦しんだり、争ったり、辛くなったり
はおかしいんだと思う。


そういう不確かな物は
良いこととか、
自分に有益なものだけ残して
あとは、心のゴミ箱にポイすりゃいい。


そう思った、この数日間でした。



あ、
幸せの押し付けも
不幸の押し付けも

いやだね。

私は…我が儘なので

幸せも不幸せも人にそう思われるのじゃなくて
幸せも不幸せも自分で思う存分浸りたい


つまりはそう言うことなんだと思う



苦虫を噛み潰すような想いをしたりしたらね
いつか、その話を笑って話せるようになってやると思うんだ。

いつか、いつか、いつか、
いつかって思ってるとやらないってよく言うけど
いつか~こうしてやるって思ってるから

いつかは必ずやって来る


つまりはそういうことなんだよ。



どんな悪人も善い心があって
どんな善人も悪い心がある
どんなに強そうな人でも折れそうな時があって
どんなに弱そうな人にも誰にも負けない強い時がある


つまりはそう言うことなんだと思う。




生きてく世界を広げるのは
決めつけないことだと教わったのは、
あれは、
たぶん、10代の時だったと思う

その頃の事を思い出すと
少し心が軽くなる

思い出とはそう言うことなんだと今思った。




ではでは、おやすみなさい♪