塩野七生(2004)『ユリウス・カエサル―ルビコン以後』新潮文庫 | Winterecord

塩野七生(2004)『ユリウス・カエサル―ルビコン以後』新潮文庫

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 旅の途上に読んだ。ちょうど、リミニ辺りを通りがかったあたり。リミニは、今はアドリア海に面する高級リゾートで多くの観光客で賑わいを見せている。「ルビコン以後」はラヴェンナからルビコン川を越えた、このリミニ城より展開する。
 ルビコン渡河。これは、カエサルの決断を表す。要は、謀反の意を表したということである。そのカエサルの行動に対し、ポンペイウス側はローマを脱出して、南へ。ついにはブリンディシを飛び出し、遥かエジプトはアレクサンドリアまで遁走してしまう。カエサルはこれを見てすかさずローマ入り。ガリア人を携えて、イベリアを平定、そしてポンペイウス側の討伐にかかっていくのだった。
 今更あえて言わずもがなだが、カエサルの人身掌握術があまりにも見事だ。ワンマンであろうが、何であろうが、トップをトップたらしめる資質とは、人身掌握の術の優越に他ならないと思う。ローマから、広大なヨーロッパの諸民族を統一せしめるには、どれほどの器量を要するのだろうか。カエサルこそ、「統治者」という言葉をもっとも美しい響きで体現している一人であると思う。
 後述している斉藤道三・織田信長にもいえることだが、統治者として後世に語り継がれる状況を作るためには、後任を選定する優れた人物眼が必要であるようである。なぜならカリスマが没したあとにこそ、その体制の強度が試されるわけであり、その強度をしてその創設者の評価がなされるからである。その点、カエサルは私のような常人には不可解に思えるほどに、卓抜した「炯眼」を備えていたようである。それは、数多の勇士の中からカエサルの後継者として、いまだ何の業績を挙げていない18歳のオクタヴィアヌスを指名したことで実証されている。誰も知らないこの18歳の「プエル(少年)」。彼こそ、後にPAX ROMANAを現出した、初代ローマ皇帝である。筆者は、オクタヴィアヌスのもつ、カエサルにも勝る稀有な資質として「偽善」を挙げている。これは、如何様な意味を持ち合わせているのだろうか。それが次巻、新生ローマの成立とともに描かれる。