中村彰彦(2006)『保科正之―徳川将軍家を支えた会津藩主』中公文庫
保科正之―徳川将軍家を支えた会津藩主 (中公文庫)/中村 彰彦

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会津松平家祖、保科正之。
私は未だかつてこれほどまでに先見性に富んだ日本の政治家を見たことがなかった。普通の感覚であれば江戸時代の藩主を「政治家」と呼ぶにはいささか抵抗をもつかもしれない。しかし、私は彼に関してはまったくと言っていいほどそのような感情を抱かなかった。歴史は彼の存在をなぜ隠そうとしてしまったのか。そう問いかけたくなるほど、私にとって彼の善政は衝撃的であった。そのいくつかを以下に挙げよう。
まず彼は現代における社会保障政策の先駆けとも言える施策を打ち出した。具体的には、たとえ金を持たない旅人にも病を患った場合は、医療費を支給するという救急医療制度。そして九十歳以上の高齢に達した者には、身分を問わず生涯一人扶持を与えるとする養老年金制度。何と正之は今から約三百四十年前に会津藩において年金制度を導入したのである。
そして正之は非常に市場原理にも通じていた。それは明暦の大火によって市場に出回る供給量が激減したにもかかわらず、米びつが燃失してしまい消費者たちの需要が増したことによって、米価が急上昇したときの対応策からも伺える。彼は米価の抑制を図るため、米価の上限を定める一方で、飢えた民衆に粥として米を与え、少しでも市場に流通する米の量を増やそうとしたのである。さらにこの政策は窮民が暴徒化するのを抑えるといった社会保障的な面も持ち合わせている。そして江戸参勤中の諸大名一行という膨大な人口にも目を付け、彼らに帰国を促しさらに米価の安定へ導いたのである。経済原則を理解せずして極端な緊縮財政案、経済統制策をとりすぎて失敗したと言われる享保の改革より半世紀も前に、これほどまでに経済学的センスを用いた施策を行ったという事実は驚愕に値する。
以上が正之の善政のほんの一端である。唐突だが、私は今経済学を基礎から学んでいる。市場とは何たるか。社会保障とは何たるか。などという風に、その真髄たるものに肉迫すべく学習を進めている。しかし私はいつのまにか、ある結果に至るまでにはある一つの考えを段階的に発展させていく一本の道しかないと思い込んでいたのかもしれない。本書によってそれが覆された。私がこれまで学んだ考え方とまったく違ったアプローチがなされていたにもかかわらず、結果は現行の経済学によってさえも肯定されうるほどの的確な施政であった。これは一体どうしたものか。
いずれにせよ、保科正之こそが我々が世界に誇るべき日本の「政治家」の一人である、ということは間違いない。

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会津松平家祖、保科正之。
私は未だかつてこれほどまでに先見性に富んだ日本の政治家を見たことがなかった。普通の感覚であれば江戸時代の藩主を「政治家」と呼ぶにはいささか抵抗をもつかもしれない。しかし、私は彼に関してはまったくと言っていいほどそのような感情を抱かなかった。歴史は彼の存在をなぜ隠そうとしてしまったのか。そう問いかけたくなるほど、私にとって彼の善政は衝撃的であった。そのいくつかを以下に挙げよう。
まず彼は現代における社会保障政策の先駆けとも言える施策を打ち出した。具体的には、たとえ金を持たない旅人にも病を患った場合は、医療費を支給するという救急医療制度。そして九十歳以上の高齢に達した者には、身分を問わず生涯一人扶持を与えるとする養老年金制度。何と正之は今から約三百四十年前に会津藩において年金制度を導入したのである。
そして正之は非常に市場原理にも通じていた。それは明暦の大火によって市場に出回る供給量が激減したにもかかわらず、米びつが燃失してしまい消費者たちの需要が増したことによって、米価が急上昇したときの対応策からも伺える。彼は米価の抑制を図るため、米価の上限を定める一方で、飢えた民衆に粥として米を与え、少しでも市場に流通する米の量を増やそうとしたのである。さらにこの政策は窮民が暴徒化するのを抑えるといった社会保障的な面も持ち合わせている。そして江戸参勤中の諸大名一行という膨大な人口にも目を付け、彼らに帰国を促しさらに米価の安定へ導いたのである。経済原則を理解せずして極端な緊縮財政案、経済統制策をとりすぎて失敗したと言われる享保の改革より半世紀も前に、これほどまでに経済学的センスを用いた施策を行ったという事実は驚愕に値する。
以上が正之の善政のほんの一端である。唐突だが、私は今経済学を基礎から学んでいる。市場とは何たるか。社会保障とは何たるか。などという風に、その真髄たるものに肉迫すべく学習を進めている。しかし私はいつのまにか、ある結果に至るまでにはある一つの考えを段階的に発展させていく一本の道しかないと思い込んでいたのかもしれない。本書によってそれが覆された。私がこれまで学んだ考え方とまったく違ったアプローチがなされていたにもかかわらず、結果は現行の経済学によってさえも肯定されうるほどの的確な施政であった。これは一体どうしたものか。
いずれにせよ、保科正之こそが我々が世界に誇るべき日本の「政治家」の一人である、ということは間違いない。