またまた母ネタ


母と近所の人の争いが起きて
起きてと言っても、40年前くらいに引っ越ししてきて、もうその時点から争いが起きている
で、その前に住んでいた所でも、母は近所の人と上手く付き合えなくてここに越してきた


だから、私が物心ついた頃から、母は誰かと争っていた


そして母の口癖は、負けるもんか
母は常に誰かと何かと争っていたのだ


戦うことに一生懸命で、私達家族のことは目に入らなかったのだろう
それが理解できなかったので、随分寂しかった
しかし、母はもっと寂しいらしい
らしいと言うのは、私が推測しているだけだからだ
でも、母はいつも自分を見て欲しいというアピールが凄い
かまってちゃんの典型である


その姿を何とかしたいとと奮闘し、やってもやっても変わらない母に絶望し、母のことが大嫌いになり、距離を置くようになる
大嫌いな時期を通り越し始めて、今回の争を耳にする
争いはもうずっとなので、子供の頃のように動揺はしなくなった
その代わりに、子供の頃に抱いた母に対しての可哀想だとという感情とは違った可哀想な人だなという思いが出てきた


それは、私達家族は、母のことが好きだったし大事に思っていた
父は、母に何とかわかって欲しいと思って、色々な話をしていた
しかし、母は家族の話は聞かず、自分に都合の良い話をする人の事を信用する
そして、その人との関係は長続きせず、人から裏切られたという思いから、また疑心暗鬼になるのだ


もうどうしてそんな風になってしまったのかわからない


母は、あの人のせいだ、生まれた場所の環境のせいだと、母なりに理由があるらしい


私からしたら、家族は母のことを好きだし大事に思っている
それは真実なのに、それを母は信じない
そこには一切、目もくれない
そして、自分は不幸だ可哀想な人間だアピールし続けている


そんな状態を見て、母は本当に可哀想な人間だなと感じるのだ


愛されているのに愛されてないと叫び続けている母


母から教わっているのは、愛されていることに気づかない限り、それは不幸なことなのだということ


私の中にも、母と同じ感情がある


私は愛されない人間だという思い


母を見ていて、決してそんなことはないのだということ


母も私も、愛されている存在なのだ
自ら、自分は愛されていないという材料を探し続けているだけだったのだ


母は身をもって私にそのことを教えてくれている存在だ