女の子はきっとどんなにつんけんしていたっていやんなっちゃうくらいあまい。どこかしらが甘い
映画に出てきたり、あたしの周りにいる魅力的な女のこの表情や目の中によく危険を感じる。
もっと危ないのは思春期の女の子。少女のなにが危ないって、未熟な中に必死で自己顕示や反発しようとする、棘や毒がちょっぴり見え隠れするところ。
それがもたらす自分だけの世界やおとぎ話の拡大。女の子は本能的に甘くて綺麗で美しいものが好き。
ノルウェイの森にでてくるみどりは言うの
「たとえば今私があなたに向って苺のショートケーキが食べたいって言うわね、するとあなたは何もかも放り出して走ってそれを買いに行くのよ。そしてはあはあ言いながら帰ってきて『はいミドリ、苺のショートケーキだよ』ってさしだすでしょ、すると私は『ふん、こんなのもう食べたくなくなっちゃったわよ』って言ってそれを窓からぽいと放り投げるの。私が求めているのはそういうものなの」
女の子にはね、そういうのがものすごく大切なときがあるのよ」
「苺のショートケーキを窓から放り投げることが?」
「そうよ。私は相手の男の人にこう言ってほしいのよ。『わかったよ、ミドリ。僕が悪かった。君が苺のショートケーキを食べたくなくなることくらい推察するべきだった。僕はロバのウンコみたいに馬鹿で無神経だった。おわびにもう一度何か別のものを買いに行ってきてあげよう。何がいい?チョコレートムース、それともチーズケーキ?』」
「するとどうなる?」
「私、そうしてもらったぶんきちんと相手を愛するの」
綺麗な会話だとあたしはおもう
すごくすきな会話。
駄々をこねる我儘な“女”
でもみどりが物じゃなくて、愛を重要視してて、とってもかわいいわがままだから。
男はこうあるべきだ
女だからこうだ
ゲイだバイだ
そんなことを気にかけることが嫌いだったしバイの人を羨ましく思う時期もあった。
けどどーしようもなく好きなひとができてそのひとにどーしよーもなくただの女にされてしまって女も悪くないなぁなんて思ってガーリーカルチャーにすごく興味が湧いて、あたし女の子がすごく好きだ!って
思ってるあたしはどーしよーもなく女である。
そんな今J.R.ゴダールの「女は女である」がものすごくみたい
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