"日本で私たちは新人だった"
'アジアの星' 東方神妙が 15日午後 SBS 登村洞公開ホールで進行された SBS<もっとスターショー(演出李充用)>の録画で 2005年日本活動初期に経験した試練に対してこのように打ち明けた.
この日東方神妙は日本での成功が決して易しくなかったことを吐露した.ユノ-ユンホはこれに対して "寒流に乗ったのではなく新人でまた始めたこと"と言いながら "初めて 2ヶ月の間は鬱病を経験した位に大変だった"と言った.
これらには言語も問題だったが熾烈な日本歌謡界での生存も大きい重圧感に近付いた.シアズンスは "率直に申し上げれば,もちろん期待感もあったが初めには (日本活動を)させてしていると思った"と "初めにはあまり (仕事が)だめだから 'どうして日本で活動をしなければならないが'は気がしたりした"と当時心境を伝えた.
3年前東方神妙は国内主要歌謡対象を皆荒した状態だったはずで '新人'でまた始める事はもっと易しくなかった.ユノ-ユンホは日本活動初期足負傷まで負ってメンバーたちと一緒に舞台に立つことが大変になろう "足を壊してしまいたい考えを初めした"と苦しかった状況を回想した.
しかし東方神妙は "お互いに対する信頼"にまた心機一転した.これらは不慣れな日本歌謡界に適応する過程で経験した難しいにも不具,2005年デビューであると言う日本歌謡順位チャートであるオリコンチャートに名前をあげたし今年週刊チャートでは二度トップを占めた.
また去る 3月 19日から日本アレナーツアーコンサートを開いて横浜など日本総 8ヶ都市を回って 17回公演を消化したし,15万名余観客を動員した.
東方神妙はこのような成功の秘訣が "私たちばかりの色を失わなかったから"と説明した.シアズンスは "(日本の)J-popと近いながらも韓国的な色を忘れなかった"と "'この歌は東方神妙の物だ'というのを見せてくれたかった"と付け加えた.
この日東方神妙はその間所属社代表イ・スマンさんと係わって過ち知られたルーマーに対してもくちを切った.シアズンスは "イ・スマンさんは本当にお父さん一緒に尊敬する方だが,そういううわさのため心が痛い"と打ち明けた.
引き継いで,ユノ-ユンホは "特別にありがたい点はいつも私たちを信じてくださったということ"と言いながら "数年前演習生時代に 'こいつらは無条件になる'と私的な集まりでおっしゃった位"と格別の心を仄めかした.
このようにその間積もった本音を現わした東方神妙はデビュー 3年ぶりに日本オリコンチャート 1位に上がった曲 'パープルライン(Purple Line)'で舞台を飾った.
一方,英雄在中は "今年の下半期ニューアルバムで国内ファンたちを尋ねる予定"とこれからの計画を明らかにした. この日録画された <もっとスターショー>の '東方神妙'便は来る 26日夜 11時 10分放送される.
(SBS インターネットニュース部)
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何でかな
最近、こういったインタビューに対して、違和感を感じるのは・・・
いつも思うことだけど、
彼らが言う”日本では新人”っていうのは、当たり前の話で、
日本に来て大変だったことは、もういい、もうわかったから・・・
という気になってしまいます。
それより、USJの広報大使になったり、
最近、いろんな日本の芸人さんの真似したり、
新しいネタを伝授してもらったり・・・
全国で、日本人でも味わえないようなおいしいものを食べ歩いてるんだから
もっと、日本のことを話してほしいな・・・
もっとも、この番組が、まだ放映されていないので、
ほかにどんな話をしてくれたのか、わかりませんが・・・
不思議の国日本の話でも
変な日本の話でも
困った日本の話でも
美しい日本でも
平和な日本でも
何でもいいんです。
日本で面白かったこと、嫌だったこと
ツアーして感じたこと
日本のテレビに沢山出るようになって、
辛いものが好きって言ったら
どんどん
食べられないくらいからいものが出てくるようになって困った話でも
韓国と日本の違いについて
でも
何でもいいんです。
でも、もうそろそろ、デビュー当時の話はやめてもらえませんかね・・・
