楽観
娘は学校から帰ってくると、寝るまでずっと友達同士でスカイプをしている。娘がiPodを買ったのに触発されて、わたしもウォークマンを買った。夕食後、CDから好きな曲を入れようと思っても、ずっと娘にパソコンを占領されていて使えない。まあ、寝静まってから遊べるのだからいいか・・・と思っても、もしかしてあたしは忙しい?深く考えるのはやめた。それにしても、お昼に急に呼び出されて、出勤した。当然、ウォークマンを聴きながら運転。(違法・・?)ラジオとは違って、ランダムに聴いていると、あっという間に目的地に到着してしまう。信号を待ちながら、この曲は気分でないと、カチャカチャいじるのだけど、シートベルトが邪魔をする。なんか、イライラするなぁ・・・しかも、カフェミュージックが多いせいか、これから出勤するというのにどうもテンポが合わない。もっとアップテンポじゃないと気分がへこむ。***日曜日、御ミサに出かけた。娘を誘ってみたが、友達と図書館に行く約束をしているから行けないと断られた。日曜日の教会は、想像していたより混んでいて、家族連れも多かったけど、案外、一人で来ている人たちも多かった。でも、ほとんどがどこかでみたような顔だから、いつも似たようなメンバーが集まっているのかもしれない。アクティブに活動している人たちは2割くらいだと、いつだか神父さんがおっしゃっていたので、学校の活動に協力的な人もいれば苦手な人もいる、という感じに近いのかも。でも、何のために御ミサに参加しなければならないのだろう?一応、信者の義務と言われたので、受洗までは行かなければならないのかも。どうしても参加しなければならないのは、4回みたいだけど。でも、それしか行かない、というのではいかにも、という感じなので、できるだけ参加したほうがいいのかも。自分のためか?あっさり言うけど、自分のためなら家で寝ていたほうがましだ。それなら何かボランティアをしたいとか?ボランティアなら別に教会に行かなくても、どこでも募集している。信者にならないとダメという話は聞いたことがない。福祉でも、いのちの電話でも、やりたいという人はいくらでもいそうな気がする。聖書にも書いてあるじゃない?お祈りするなら誰もみていないところで、善いことをするなら誰にもわからないように、と。あー、また屁理屈が始まった。別に、教会や御ミサがいやだというわけではないし、行かなければならないとなればおそらくは行くだろう。でも、教会という意味では、この前、同窓会に行った時のほうがよっぽど教会だったような気がする。自然とそういう空気が流れるところがすごいのかもしれないけど・・・(ガラテヤ、1、1-5)