菅野 仁

ジンメル・つながりの哲学


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本屋へ行き、つくば市の周辺地域まで載っている広域地図はないかと探していたら、どういうわけか本屋を一周し、通り過ぎようと思ったとき”ジンメル”という言葉が脳裡に焼きつく。


はてはて・・・

遠い記憶の中からその言葉、あるいはどこかで聞いたような名前。通り過ぎた本棚の中から再び探す。どこかにあったんだけど・・と探すとこれがなかなか見つからない。でも、たしかにわたしは見た、と思いながら過ぎた視線を思い出しながら探す。


つまり、夥しく並んだ本の中から、一瞬にしてその言葉だけがわたしの脳裡に入ってきたのだが、それがどこにあるかまでは定かではない。それくらいランダムに視線を流していた、という記憶しかない。


自分の視線を思い出しながら逆行していくと、目の前にあった。


もしかすると、Zimmerのことだろうか・・・

その名前だったら、大昔よく見た記憶があるし、”ジンマー”と呼んでいた記憶がある。

社会学なのか哲学なのか・・・

社会心理学の文献の中でよく出てきた名前なのかもしれないし、もしかすると文献はいくつか読んだのかもしれないし、探せば今でもあるのかもしれないし、それでいてほとんど記憶の彼方。ただ、何となく思い出したのは、Zimmerが好きだった先生がいたということ。


考えてみれば、わたしは”社会”という言葉が苦手だ。政治だの歴史だの人間が集団で何かをやらかすということに対し、どこか引いてしまう。制度改革だの消費税だの、ひたすらブロックすることしか思いつかない。つまり、消極的な攻防戦ということでは、消費を控えるとか・・・慎ましやかな抵抗にすぎないが、口に出して抗議するよりもマシだろう。


税金を払いたくなかったら、働かない・・・とかね。買わない、働かない。第3セクターが気に入らないとなれば、TXにも乗らない。ここまでになると単なる天邪鬼に近い発想。郵便局が気に入らないとなれば、使わない、とか。


社会問題というと何やらおおげさな気がするけど、おそらくはそのほとんどが生活に密着していることが多い。年金や保険、少子化、教育、女性の就業とか? あるいは不景気もその一つなんでしょうし、環境問題、リサイクル、ゴミ処理、その他諸々。


で、エゴがどうたらこうたら、ということになる。

で、ひたすら、うんざりする、と。


文化、という言葉はまだマシだ。過酷な自然状況の中で、それに適応し生き抜くための知恵。


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それにしても、仕事って何なのかと思ってしまう。

とりあえず、土地を探したり、事業計画を立ててはいるのだが、本屋へ行けばジンメル、土地探しに出かけては歌を詠み、お昼に話題のラーメン屋とか?


ふざけているわけではないんだけど、どんなことも生活になってしまうと今までと違ったことはできないような気がしてしまう。まあ、気長にやろう。


書評は、また。