ボウリング。

今年はプロ・ショップ杯に出なかったので、理由を訊かれたそう。ジュニアで参加する子は少ないので残念がられる。入試の日と重なっていては仕方がない。夏休みの大会にも参加できなかった。


が、しかし・・・

受かったとなると、次にはプロボウラーを目指すとちびが言う。

すると、コーチは喜び、「女の子はスポンサーがつきやすいですからね」と語る。

男の子はスポンサーがつかないので、途中で辞めてしまうことが多い。


その話をダンナから聞き、一瞬ひく。


スポンサー?

まるで運動選手のようだ。

・・・・・・・・・・・・あー、プロ、ってことは?

プロ、か。


プロになると遠征やら大会やら何かと費用がかさむ。だから、スポンサーがついて、例の如く会社のロゴ入りシャツを着て、とか?

いや~、まいった、まいった。

自分がそういう世界に縁がないものだからピンと来ない。


学校は?

絵は?

いろんなことが走馬灯のように脳裡をよぎる。


***


新年の旗持ち当番はわたしかららしい。

近所の人が犬の散歩のついでにやってくる。そういえば、運動会のときに話して以来だ。あのときには学校の様子を訊いてもあまり詳しくは教えてくれなかった。それでいて、娘の学校が決まったらいろいろ本音で話してくれる。今さら聞いてもあまり意味がないと思ったけど、意味がないからこそ話しやすいのかもしれない。


我が強い、か。

そういう印象はなかったけれども、そうなのかもしれない。で、女の子同士で年中すったもんだしているそう。しかも、習熟度にかなりの差があるため、学校だけでは不安、とか。

娘の学校ではない。

でも、わたしにはよくわからなかったけど、気配とか雰囲気のようなものを子どもは察知する。

そういう中で鍛えられるのもわるくないかも。


そうなんだよなぁ・・・自然と鍛えられる。

まずは他人の意見などどうでもいい、という性格に育つ。


まあ、長い人生を考えると、それは悪い習癖であり、できれば子どもの頃に退治してしまったほうがいい。周囲との折り合いが悪くなる。それでいて、我の強い子たちといるほうがある意味鍛えられることも多い。


きれる、ってどういうことかというと、自分の我をおさえきれなくなること。


***


晩、戻ってくるなり姑さんから電話。

我の強さっていうのはもしかすると死ぬまでなおらないのかも、とちらっと思う。いつものことなので、さらりとかわす。一度吐き出すとおちつく。そろそろまた鬱の出る季節。


気がつけば、クリスマス・イブ。