ネットの接続が不安定。1時間くらい自動的に落ちたり接続したりしているみたい。2度くらい再起動してみたんだけど、状態は相変わらず。


その間に、庭で遊ばせていたマリは2度も脱走するし、いくら躾けても無理だということを学ぶ。オトくんはマリより大きいので柵を越えられない。マリは小さいから柵にしているトレリスの格子の間から外へ出てしまう。なんだか落ち着かない。


いや・・・・受験のことを考えるのは楽しい。

が、しかし、落ちた時のことを考えると、今からがっかりする。

受験というのはそういうものなんだよなぁ・・・と思いつつ、娘に行きたい学校を尋ねると、一番入りやすそうな学校だったりする。さすがわが子。しなくてもすむ苦労はしないという・・・


なんせ、2年生で入院し、そのままのんきに構えているうちに3年生で算数1というどつぼの状態からのリカバリー。ちょうどその時の担任の先生が6年でも担任。面談に行ったら、今度は歴史。算数は心配要らないという。その代わり、歴史が苦手。つまり、権力交代や制度の成り立ちといった社会的感性がどうも欠如しているらしい。小学校も6年生になると憲法やら環境問題やら非常に理屈っぽくなる。


受験勉強をさせてよかったと思う。受験はシビアだから、できない部分をカバーして行かなければならない。このままノラクラしながら大学受験で必修科目しか勉強しないとなると、おそらくは一生欠けた部分はそのまま欠けたまま通過してしまうのだろう。まるで栄養バランスを考えるかのように、娘に勉強をさせている。


それにしても、世の中どこか変だ。一番入りたい学校が実は進学校だったりする。入りたい学校というより入りやすい学校と言うべきか。公立の学校の2倍近いカリキュラムを消化していかねばならない。校則も厳しい。だから、人気がないのかもしれない。子どもにしてみたら、いや親にしてみても、あまりにもかったるいからこのまま大学の付属に行かせたくなってしまう。そうすると、学校へ入ってもあまり勉強しなくなるせいか、”小指1本引っ掛けて”的になってしまう。


いや、うちの娘は美大へ進学したいのではないか?

なんか、本末転倒。


中学校から、理系、文系、文理系と分かれて、受験勉強している子たちは素直でいかにも健全な日本社会を背負っていきそうな顔をしている。そうやって素直に育った子たちが年頃に素直に結婚し、どうやって考えても健全な日本社会を形成していく。


誰かが一生懸命に何かを言っても、社会というのはそういうものだという諦めに近いものを感じてしまう。こんなんでいいのか?・・・・・・・そこで指定校推薦の欄を眺める。「あっそう」みたいな気分に陥る。子どもの頃に親に何となく騙されてしまった時のよう。酷く平凡でつまらない気がするけど、それが一番なのかも・・・