『人質女性主人公の「バッシング」カンヌで拍手』

『外相、アルジャジーラ出演へ 救命訴え』


上の2つのニュースを読んで、何となく複雑な心境。

1つは、今開催されているカンヌ映画祭で、高遠菜穂子さんのイラク人質事件からインスパイアされたという小林政広監督の「バッシング」が上映されたという記事。もう1つは、現在進行中のイラク人質事件の記事。


比較してどうなるんだろうというわけでもないけど、高遠さんの場合はボランティアでイラクへ行き、しかも自衛隊のイラク派兵についての反発からか3万人のデモが集まったし、政府もそれこそ全力投球。無事に釈放された後の政府の対応も冷たかったし、バッシングまで発生する日本社会。亡くなった香田証生さんの時には、「どうしてそんなところに・・」という雰囲気が充満していた。


今回の斉藤昭彦さんの場合は、お仕事らしい。そうなると報道自体にも冷たい世論。


これが日本なんだよなーって何となく感じた。




hosihanabi

鬱蒼と晴れ間もとむる霧雨の夜通し続くつくば根の春

バッシング独りが楽とうた詠みは子犬の声に呼ばれ俯く

地獄絵図知りたくもなし霧雨は梅雨寒のごと陽を隠したり

雨なくば今が春とは思えぬも13日は金曜日なり

イタリアの13日の金曜日陽は明るくて眠りゆくひと

みもとにはやわらかき陽のさしたればうつらうつらと無にねむりゆく

大波に揺らるる舟の戻りなば次ゆく舟のいづこに浮ぶ


時事詠に行こうと思ったけど、自己中は直らない。


社会って映画に映る人生の頑ななまで覆わるる布

知らぬなら知らないうちに過ぎゆかばめぐりゆく花散るもうるわし

知らぬなら今の世界がすべてだと海の果てには魔物の巣あり

ひっそりと島に暮らしぬ敷島の春は梅雨寒紫陽花を待つ

イラクよりマリのいたずら手を焼けば狭きわが家が彼女の世界

オトくんは玄関見張る番犬にマリは膝うえ隠れておりし

遠くへと旅立つよりも家の中公園散歩子犬のワルツ

土くれに変わり果て生れしあわせはぬくもりのなか死するものかと


犬に人生を学んでいる、わたし。



画像: 梓のホームページ