漢字は手で覚えていたので、近頃ではまったく書けなくなってしまっている。キーボードばかり打っているせいだろうか・・・


手書きで文字を書くことなんてカードのサインくらいのものだろうと高を括っていたら、いきなりアンケートを求められて書いてしまうわたしという人。断ればいいのに・・・というか断るべきだった。漢字が書けない・・・咄嗟に「豚肉」と書こうとして、つくりを隊と間違えてしまった。


変な漢字つくるなよー!>わたし


それでも連休中、クイズ番組を見ていたら、叶恭子が「不可能」という漢字を書けないことを知り、それに比べればわたしのほうがマシかもしれないとほくそえんでしまった。漢字が書けないというのは一種の老化現象だろうか・・・外見はさほど変わらなくてもどうも中身が抜け落ちていくようで悲しい。


それでいてキーボードとなるといつの頃からかブラインドタッチ。一つ覚えて一つ忘れて、プラマイ0だからよしとしますか。


それにしても酷いよね・・・うちのダンナなんて九九が言えない。でも計算はできるらしい。九九が言えるということと九九の計算ができるということとは違うかもしれないとは思っていたけど、やはり違うらしい。娘に一生懸命漢字を勉強させてその実わたしはすでに忘れている漢字も多い。それでもうちのダンナよりはマシだろう。


すでにペンだこも無くなってしまった。そのせいで、どうもペンを持つと変だ。感触がわざとらしくて、しっくりこない。昔は文字を書く時にもこだわりがあり、わたしはウォーターマンの万年筆がお気に入りだったのだけれど、すでに何年も使っていない。字も下手になってしまった。キーボードの文字に目が慣れてしまったので、そうやって感じるだけだろうか。


昔は数字の羅列に強くて、電話番号などは一発で覚えてしまったものだけど、このところ自宅の電話番号ですら間違える。こんなんでいいのか・・・ダンナの携帯の番号も覚えていない。


生活がすでに電子化されている。お習字でも習いに行こうかな。今のままではキーボードが無かったらうたも詠めない。広辞苑使ってうたを詠んでいる人の気持ち、何となくわかった。