あたしは、手に障害がない時、スポーツタイプの車椅子に乗っていました。
パーフェクトワールドみたいに、ウイリー(前輪を上げる)をして、ちょっとした段差を越えていました。
日常生活動作も、1人で全部できてました。
車椅子の人=何にもできない人。では、ありません。
しかし、障害の進行で、手にも障害を持つようになり、手動の車椅子(手で前輪を回す)で、歩くのが、しんどくなってきました。
そこで、リハビリの先生から、電動車椅子を勧められました。
その時、ある方から、反対されました。
努力して、自立しなさい!と、激励されました。
電動車椅子に乗り、甘えてはいけない、と。
電動車椅子を使い、手の筋力を使わないと、障害を悪化させてしまう、と、指摘されました。
外出を、松葉杖から、車椅子で歩くようになった時も、言われました。
時間かかっても、転倒する危険性があっても、歩くことが、努力、自立になると、信じていました。
障害の進行と共に、こんな風に考えるようになりました。
生活の1日中を、努力して、時間をかけて、何でも1人でする。
それは、自立なのだろうか?
障害が年々進行して、生活の大半に、介護を必要となった今は、こういう風に考えています。
障害を持った人も、人の手助けをもらい、補助器具を使いながら、生活することは、充実した毎日に繋がると♪
それに、誰だって、人には頼みにくいです。
障害を持ってから、頑張ることに、慣れてきます。
できることは、人に気を遣わないで、自分でしようと思います。
それは、時には、疲れてしまいます。
健常者の方も、自転車に乗り、時間と体力を、有効的に使っています。
障害者だから、頑張る必要はないと思います。
より、自分の人生を豊かにするために、選択すること。
それは、甘えてるわけではないのです。
頑張ることが、毎日を楽しめないならば、もう1段階、楽になれる方法を、みつけましょう。
もしかした、できないことを、受け入れられてないかもしれません。
人は、病気や障害のありなしに関わらず、人と出会い、人に支えられながら、生きています。
病気や障害と共に生きていたら、支えられてることばかり、実感します。
そのことに、感謝することは、もしかしたら、豊かな人生になることに、繋がるかもしれません。
とある講演の原稿にまとめたものです。
かなり前に書いたものだから、懐かしいです(//∇//)
パーフェクトワールドみたいに、ウイリー(前輪を上げる)をして、ちょっとした段差を越えていました。
日常生活動作も、1人で全部できてました。
車椅子の人=何にもできない人。では、ありません。
しかし、障害の進行で、手にも障害を持つようになり、手動の車椅子(手で前輪を回す)で、歩くのが、しんどくなってきました。
そこで、リハビリの先生から、電動車椅子を勧められました。
その時、ある方から、反対されました。
努力して、自立しなさい!と、激励されました。
電動車椅子に乗り、甘えてはいけない、と。
電動車椅子を使い、手の筋力を使わないと、障害を悪化させてしまう、と、指摘されました。
外出を、松葉杖から、車椅子で歩くようになった時も、言われました。
時間かかっても、転倒する危険性があっても、歩くことが、努力、自立になると、信じていました。
障害の進行と共に、こんな風に考えるようになりました。
生活の1日中を、努力して、時間をかけて、何でも1人でする。
それは、自立なのだろうか?
障害が年々進行して、生活の大半に、介護を必要となった今は、こういう風に考えています。
障害を持った人も、人の手助けをもらい、補助器具を使いながら、生活することは、充実した毎日に繋がると♪
それに、誰だって、人には頼みにくいです。
障害を持ってから、頑張ることに、慣れてきます。
できることは、人に気を遣わないで、自分でしようと思います。
それは、時には、疲れてしまいます。
健常者の方も、自転車に乗り、時間と体力を、有効的に使っています。
障害者だから、頑張る必要はないと思います。
より、自分の人生を豊かにするために、選択すること。
それは、甘えてるわけではないのです。
頑張ることが、毎日を楽しめないならば、もう1段階、楽になれる方法を、みつけましょう。
もしかした、できないことを、受け入れられてないかもしれません。
人は、病気や障害のありなしに関わらず、人と出会い、人に支えられながら、生きています。
病気や障害と共に生きていたら、支えられてることばかり、実感します。
そのことに、感謝することは、もしかしたら、豊かな人生になることに、繋がるかもしれません。
とある講演の原稿にまとめたものです。
かなり前に書いたものだから、懐かしいです(//∇//)