映画『小さな命が叫ぶとき』を観ました。
重い題材でしたが、考えさせられました。
数年前に、原作本を読んだのですが、読み返したいです。(読み返したい本が、たくさんだなぁ~。)

命の時間が限られてる我が子を救いたい思いは、親として当たり前であり(たぶん…あたしには子どもいないので、想像の範囲です。)、でも、新薬の研究費用を集めて、いざ治験するとなった段階で、我が子が対象ではなくなった場合、今までみたいに、支援続けることはできるだろうか?
当事者であることは、結局は、自分が救われたい思いから始まるわけで、それが、我が子が新薬投与の対象に選ばれなかった場合、例え、同じ病気の他の子ども達が選ばれたとしても、あたしならば、気が狂ってしまうと思う…。

世の中で、数少ない難病を患う立場として、誰かが、先頭に立ち、発言していかなければ、新薬も生まれない。

あたしも、めったに症例がないと、大学病院の神経内科の先生から言われた、真菌感染による髄膜脳炎と(脳まで真菌が回った症例)、側頭葉てんかんの部分発作について、本にしようかな~。
医師の症例報告は、死亡例しか、学会発表ないらしいしね。

訪問看護師さんにも、「闘病記を本にしろ~。」「書いて稼げ~。」って、言われてるの(汗)
あと、病院の暴露本とか!(笑)
ベッドに寝ながら、観察力が長けてるし、看護師の立場まで考えちゃってるし~絶対に書け~!売れるぞ~!そしたら、入院したら、病棟の看護師さんから、「あの本を書いたcherryさんですか?」って、丁寧に扱ってくれるで(笑)って、冗談やけど、言われてますあせる

でも、入院されたことある方ならば、皆さん、病棟のいろいろ~を、観察しちゃいませんか?
別に観察したくなくても、入院日数を重ねると、見えてくるしね。
看護師さんのシフトまで、わかってくるし(笑)

…cherryだけ…かな…ガーンあせるあせる