短大を卒業したら、家を出ることを考えていて、教師という職業を目指したのも、経済力を考えたからだった。
多発性硬化症を発病して、車椅子生活になってからも、ずっと自立生活を考えてきた。
実際に、1人暮らしをして、再発を繰り返して、障害が進行しても、ヘルパーさんや、在宅医の先生や訪問看護師さんのサポートを受けながら、なるべく両親には負担を掛けないように…と、あたしの願いだった。
小さい頃から、両親に甘えない、自分のことは自分でする、ある意味、可愛げがない子どもだった。
共働きの両親にとって、手間が掛からない、育てやすい子どもだったと言う。
両親は、あたしのやりたいように、見守ってくれた。
こうしなさいと、命令されたことないし、いつだって、離れた場所から、そっと味方でいてくれた。
あの敗血症を患ってから、個室に母が寝泊まりする毎日が続いて、苦労をたくさん掛けてしまうようになったね…。
子どもの頃に、手間が掛からなかった以上の苦労を、60過ぎた両親にさせてしまうようになってしまった…。
でもね。
今日、ふと思ったんだ。
あたしが死の淵にいた時、「cherryがいなくなってしまったら、どうしよう。ねぇ、お母さん。」と、つぶやいた父に、「結婚して海外に住んでると思ったらいいんじゃない?」と、答えたお母さん。
あたしが、今日を、両親の側にいることで、幸せな家庭を築くこともできるんじゃないかな?って…。
それは、両親とあたしにしかない、世界にたった1つの家族でもあり、どこにでもいる家庭でもあって。
誰しもが、これから先のことなんか、わからない。
とりあえず、今日を、一緒に楽しく過ごせたらいいね。
お父さん、お母さん
多発性硬化症を発病して、車椅子生活になってからも、ずっと自立生活を考えてきた。
実際に、1人暮らしをして、再発を繰り返して、障害が進行しても、ヘルパーさんや、在宅医の先生や訪問看護師さんのサポートを受けながら、なるべく両親には負担を掛けないように…と、あたしの願いだった。
小さい頃から、両親に甘えない、自分のことは自分でする、ある意味、可愛げがない子どもだった。
共働きの両親にとって、手間が掛からない、育てやすい子どもだったと言う。
両親は、あたしのやりたいように、見守ってくれた。
こうしなさいと、命令されたことないし、いつだって、離れた場所から、そっと味方でいてくれた。
あの敗血症を患ってから、個室に母が寝泊まりする毎日が続いて、苦労をたくさん掛けてしまうようになったね…。
子どもの頃に、手間が掛からなかった以上の苦労を、60過ぎた両親にさせてしまうようになってしまった…。
でもね。
今日、ふと思ったんだ。
あたしが死の淵にいた時、「cherryがいなくなってしまったら、どうしよう。ねぇ、お母さん。」と、つぶやいた父に、「結婚して海外に住んでると思ったらいいんじゃない?」と、答えたお母さん。
あたしが、今日を、両親の側にいることで、幸せな家庭を築くこともできるんじゃないかな?って…。
それは、両親とあたしにしかない、世界にたった1つの家族でもあり、どこにでもいる家庭でもあって。
誰しもが、これから先のことなんか、わからない。
とりあえず、今日を、一緒に楽しく過ごせたらいいね。
お父さん、お母さん
